I am

語学&一人旅&読書 etc.について「経験」と「気付き」を共有します。

ブログタイトルを変更しました。

記事タイトルの通りですが、ブログタイトルを変更しました。

以前は「目で見てるのは、実は自分の頭の中を見てるんだ」というタイトルを使っていました。このタイトルは、沢木耕太郎の『深夜特急ノート 旅する力』の一文を拝借したものです。

 

フレデリック・ブラウンが『シカゴ・ブルース』というミステリー小説の中でこんなことを書いている。

 

「おれがいおうとしたのはそれだよ、坊や。窓の外を見たり、何かほかのものを見るとき、自分が何を見てるかわかるかい?自分自身を見てるんだ。ものごとが、美しいとか、ロマンチックだとか、印象的とかに見えるのは、自分自身の中に、美しさや、ロマンスや、感激があるときにかぎるのだ。目で見てるのは、実は自分の頭の中をみているのだ」

 

青木勝訳

 

沢木耕太郎(2011)『深夜特急ノート 旅する力』新潮社, p.178

 

 

心に受け止める準備ができていなければ、旅や生活を通して目に飛び込んでくる刺激を感動をもって受け止めることはできない。感動できるのは自分の心が、それを感動をもって受け止める準備ができているということ。常にそんな風に(穏やかで)いたいという想いからそのようなタイトルにした次第です。

 

新たに"I am"というタイトルにしましたが、私が知る数少ない詩人である、John Clareの詩のタイトルを引用しています。

 

I am

 

I am : yet what I am none cares or knows,

My friends forsake me like a memory lost ;

I am the self-consumer of my woes,

They rise and vanish in oblivious host,

Like shades in love and death's oblivion lost ;

And yet I am, and live with shadows tost

Into the nothingness of scorn and noise,

Into the living sea of waking dreams,

Where there is neither sense of life nor joys,

But the vast shipwreck of my life's esteems ;

And e'en the dearest - that I loved the best -

Are strange - nay, rather stranger than the rest.

 

I long for scenes where man has never trod,

A place where woman never smiled or wept ;

There to abide with my Creator, God,

And sleep as I in childhood sweetly slept ;

Untroubling an untroubled where I lie,

The grass below - above the vaulted sky.

 

和訳すると「私は生きている。」になるでしょうか。この詩は、John Clareが精神を病み、入院していた頃に書かれました。詩を読んで思います、"I am not"ではないのかと。あなたはほとんど死んでいるのではないのかと。

 

ただ彼は生きている。「背に感じる草と、見上げる大空」("The grass below - above the vaulted sky")が彼に生を与えるのです。

 

自分の「外」にあるものが自分の「内」を型取り、生をも与える。

 

悲惨な詩にも読めます。ただ、今の私には美しい詩に見えました。感受性が損なわれていないからだと、そんな風に思いました。

単にタイトルを短くしたかっただけではなく、この気持ちを忘れないように、タイトルに想いを込めてみました。 

 

それでは、Good luck!

 

 

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